ソ連で見た日本車について

イルクーツクの街角で
 旅の間、と言っても列車から降りて街の中を歩き回っているときだが、日本製の自動車をよく見かけた。

 ソ連に着いて、ハバロフスクの町に入って行った時に真っ先に見つけたのが『日産パトロール(日本名サファリ)』であった。これはハバロやイルクーツクで何台も見かけたが、日本で見ると大柄すぎるようなボディが、こちらではジャストマッチして街並みによく似合っていた。
 そのほかよく見たのが『URVAN』というエンブレムが付けられた日産の1BOXで、日本で走っている『キャラバン』と同じものらしい。というわけで日産はなかなか頑張っている。対するトヨタは一度だけ『ハイエース』のバンを見ただけだった。
 以上が商用車の話(『サファリ』も日本では登録上は普通貨物車だからね)。乗用車は、というとこれも最初は圧倒的に日産優位で『ローレル』や『ブルーバード』が走っていたのだが、再び舞い戻ったハバロフスクで『スプリンター』『シグマ』『ラムダ』『ミラージュ』『ファミリア』を見て各社互角かな、という感じ。
 ところが不思議なことに、『サファリ』は『パトロール』と名前を変えて左ハンドルで走っていたのに、乗用車は日本名のまま、右ハンドルのままだった。商用車はヨーロッパ向けに輸出されたものがソ連に流れてきて、乗用車は1台ずつ個人ルートで日本から持ち込まれたのではないかと想像したのだが、どんなものだろう。

 ・・・ソ連から帰ってきたある日、正確にいうと6月15日付の朝日新聞に回答になりそうな記事が出ていた。それによるとソ連船員が2万円前後でスクラップ寸前の中古車を買って帰るのだそうで、福島県の小名浜では今年に入ってすでに120台以上、新潟では250台も売れたらしい。ちなみに、昨年ソ連に輸出された新車はたったの7台だという。

 あと、これはソ連製の自動車だが、フルタイム4WDの『ラダ・ニーバ』が何台も走っていた。これは日本にも輸入されていてたまに見かけるし、というよりも僕自身が一昨年の夏もう少しで買いそうになったクルマだからすごく親しみを感じた。

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