8Rを8Rで買う


 懐にルーブルを入れて、すっかり気持ちが豊かになった僕は余裕の目を取り戻し、再び店や通りを歩く人たちを見て歩いた。レーニン広場の前の本屋は外書中心らしくって、朝の書店に比べると綺麗な絵本が置いてあったが、それはドイツ語で書かれていた。また、ロシア人向けの土産物屋らしい店に入ったら、壁に掛けておける、羽子板のような形の小さなまな板があり、これは買おうかどうしようか、さんざん悩んで結論は持ち越すことにした。

 通りの向こうにスポーツ用品店を見つけた。ロシアにおける体育用具事情はいかなる具合かと視察に訪れたら、あれだけオリンピックで金メダルをかっさらってゆく国だというのに、中で売られている品はお粗末なものが多い。きっとステートアマは特別な施設に集められて養成されるのだろう。
取扱説明書の表紙
中は見てもムダだった
 日本なら小学校の近所にあるような運動具屋でも扱っているような品が並べられた奥は釣り具の売場だ。ショーケースの中にはルアーが揃っている。そういや、今朝アムール河畔を散歩したときは釣りをしている人が多かった。釣り具のショーケースの向こうの棚は・・・なんと、オプティマス8Rがあるではないか!
 知らない人のために説明すると、8Rとはスウェーデン製のキャンプ用ガソリンコンロのことで、小型で性能や信頼性が高いのでなかなか評判がいい。去年これを買った友人の義明クンは、この3月一緒に日光にスキーに行った時に持って来て見せびらかしていた、というのが『こないだ』32号13ページをよく見ると判る。
 わっ、8Rだと思った次の瞬間、これこそ僕がソ連に行ったら捜そうと思っていたものだと気がついた。『BE−PAL』という雑誌の4月号にソ連から輸入されたというガソリンコンロが紹介されていて、それは8Rと同じメーカーのホエーブス625にそっくりだった。目の前の棚をよく見ると、なるほどそのホエーブスもどきも隣に並んでいた。もう一度8R、いや、8Rもどきに目を戻すと8.00と書かれた札がついていたが、これはもちろん品名ではなくて価格だ。頭の中に1,600円という金額が浮かんだ。もちろん僕だってガソリンコンロは持っている。だが、8年使っているピークワンは、ろくに手入れをしないというのも悪いのだが、このところ日帰りハイクには手軽に使えるガスボンベ式のEPIを使っていることもあって、すっかり拗ねてしまい、何故か足が傾いてしまってもいた。
「ここらで新しいものも悪くないな。これは値段が安いし、それにウケる、この夏のキャンプはこのソ連製でスターになれるゾ」
 どうも次元の低い話になるが、すっかりその気になって(つまり舞い上がってしまって)仲間に見せびらかしている姿を想像しながらレジに金を払いに行く。両替してもらったばかりの5Rのピン札2枚(宮脇サンの本では、ソ連ではよれよれの札ばかりだったとあるが、そうでもなかったし、さっきの銀行では全部新券でくれた)を出してレシートを受け取り、売場に戻って「あれくれ!」

 売場のオバちゃんは、そんなに焦らなくても大丈夫だよというような顔をして、サンプルの下に積まれた箱を一つ取って渡してくれた。もどきとはいえ8Rが8ルーブルだぞ、日本円で1,600円だ。シビアに計算しても1,688円だ。しかし、イルクーツクのオペラハウスもどきといい、ソ連はデザイン盗用が激しい国だ。
 と、肩を叩かれた。不審な日本人がいると通報されたのだろうか。振り向くと、さっきのレジ係と、店の責任者のようなオバちゃんがいて、僕に向かってぬっと突き出した手の先には、2ルーブルが握られていて・・・あ、そうか、お釣りを貰うのを忘れてたんだ。 いやあ、うっかりした。ありがとう、スパシーバと照れ隠しに笑いながら店を出てきたのであった。


「本物」とのご対面
 日本に帰ってきて着火テストをした。説明書はもちろんロシア語で書かれていて当然読めっこないが、8Rと同じやり方でいいだろう。というわけで、ここで正しい8Rの着火法を記す。
 まずタンクに白ガソリンを8〜9分目ほど入れる。注入口が少し傾いてついているので、ここから覗き込んで、ひたひた見えるくらいが適量だ。次にバルブを開き、注入口を口でくわえて強く息を吹き込む。注入口が傾いているのは、このためだと思われる。鼻がバーナーやゴトクにぶつからずに具合がいいのである。この作業によって、噴水のごとくにバーナーから液状のガソリンが噴き出してバーナー下部の受け皿に貯まる。さて、タンクのキャップを閉めてバーナーから噴き出したガソリンに火をつけよう。めらめらと燃えている火が消える頃にはジェネレーターが熱せられ、タンクから供給されるガソリンが気化され圧力が加わってバーナー部に送り込まれるはずだ。ここでバルブを開いてやると気化したガソリンはバーナーから噴き出して、最初につけた火がこれに燃え移って、あとは景気よく燃焼し続けてくれる・・・というやり方が正しいと思っているのだけど。


 これを書くにあたってICI石井スポーツ高崎店で本物の8Rの価格を調べて来ました。すると、標準価格13,500円、同店販売価格9,450円でした。
 ちなみに、この章は価格を調べたその足で小諸ユースホステルに遊びに行き、そこでワープロを打って書いたものがオリジナルです。ヒマなのかヒマ無しなのか。
 なお、ここで記した8Rの着火法は、コリン・フレッチャー著の『遊歩大全』にあったものを参考にして自分が用いている方法で、決してメーカー推奨の方法ではありません。でも、これが一番確実だと思うんだよね。


 ・・・というところまでがオリジナルの文章なのですが(一部書き直し)、当時使った「8Rもどき」の写真が見つからず、新規に撮り直す羽目になってしまいました。そこで、どうせならとWEB版特別企画として「本物の8R」と「8Rもどき」を並べてみようと思いつき、義明クンに連絡を取って彼の8Rを撮影させてもらうことにしました。それが上の写真で、青い方が「本物」です。義明クンはこのとき初めて「もどき」を見たのですが、あまりのコピー振りに呆れるやら感心するやら・・・でも、さすがに本物は燃料タンクが金色に美しく輝いています。
 こうして並べてみると、蓋の開く角度が違っていることに気づきます。「本物」は風防として有効ですが、「もどき」は大鍋が載せられるメリットがありそうですね。火力調整ダイヤルは「もどき」の方が回しやすくなっていますが(シャフトが長いのも大鍋向きですね)、レンチ兼用にならないので別にレンチが付属しています。