麗しきイルクーツクを歩く


たいていの街には地誌博物館がある
イルクーツクのは立派な建物だった
 ともあれ懸案事項は片付けたし、これで安心して夕食まで街に出ることができる。ソ連に来て、昼間の街をぶらつくのは、考えてみればこれが初めてだ。

 イルクーツクの街は「シベリアのパリ」と称せられるだけあって、どっしりとした風格のある建物が並んでいる。この中のいくつかは、日本人漂流民の光太夫たちも見ていたのかと思うと、200年の時を越えた向こうに生きた彼らに親しみを感じた。
 それはさておき、こんな立派な建物群を一棟一棟撮っていたのではフィルムが足りないし、それにだいいち道幅や街路樹の制限もあって全景をフレームに入れるのが難しい。無理して入れた写真を撮ったところで、僕のこの感動は写し込めないような気がしてきた。
 というわけで、街を歩く人を撮ることで雰囲気を切り取ってみようという作戦に切り替える。僕は心身ともに健康な男性だから、当然被写体は女性中心になる。街角に立って通りの向こうの建物を狙うフリをしながら、近くを通りかかった美女を写してしまおうというアコギな手で、こういう時にオートフォーカスのペンタックスSFXはありがたい(家に置いてきたMXはピントはおろか、露出もマニュアルだったのだ・・・それはそれで作為的な写真が撮れるので便利だが)。望遠レンズを付け、露出を高速シャッター優先プログラムにシフトする。
こうしておけばブレ難いし、歩いている相手の動きを止めて写せる。さらに、これだと絞りが開き気味になるので背景にボケが出て人物を浮かび上がらせることができる・・・と、ここまで考えて待ち受けているというのに、こういう時に限っていい被写体が現れない。うまくいかないなあとカメラをしたに降ろすと背後からものすごい美女が僕を追い越して行く。
 こういうことが何度も繰り返されると、ますますもってソ連は謎の国だと思ってしまう。これが当局の陰謀でなくて何であろうか、と息巻いてみたが、これはソ連に限らずよくあるハナシだ。
僕は旅先で日用品を買うのが好きだ

 ハバロフスクに戻るまであまり荷物は増やしたくなかったが、ここで見つけたのと同じ物がハバロにもあるとは限らない。掘り出し物でもあればといくつかの店に入ってみる。何軒目かに入った店は、日本でいうならホームセンターで、僕好みの生活雑貨がいろいろあった。といって大工道具や材木を買って帰るのはいくら何でもご免だが、刃物のコーナーにあった五徳ナイフには心がときめいた。値段も2〜5Rくらいと手頃なこともあったが、缶切りが実用的に見えなかったので、さんざん迷ったがここでは買うのをやめた。そのあと別のコーナーでねずみ取りを見つけた。『トムとジェリー』なんかによく出てくる、板の上にバネがついた奴。これをバッグに入れておいて、帰りの税関でバチンということになれば愉快だろうな。
 網の手提げ袋というのもあった。ソ連の人はいつも袋を提げて歩いていたが、これなら嵩張らないので用のない時にはポケットに入れておける。家に帰って『シベリア大紀行(TBSテレビ:1985年12月放映)』のビデオを見たら、レポーターの椎名誠サンもこの袋を提げていた。しかも場所がこの店の近所だったので笑ってしまった。
 結局この店で買ったのはトイレを表示するドアプレート。プラスチック製で、子供がコーヒーカップのような便器に座っているレリーフがついていて、とても可愛い。これで80K(約168円)だから安いものだ。しかも、今後トイレに行くたびにイルクーツクを思い出せる。

 キャビアを買わないかと声をかけてきた少年がいた。いらないと言うと、今度はシャツを売れ靴を売れと例の交渉が始まる。断っても「どうして?」とうるさい。あんまりしつこいので「See you again, yesterday」と言うと、どうやら諦めた。「おととい来やがれ」の英語版だが、通じたというよりバカだと思ったに違いない。
 ちなみに「キャビア売りには気を付けろ」と僕たちは注意を受けていた。安いことを言って、その実二級品のヤミキャビアを観光客に売りつけるというアコギな手口があり、しかも税関でヤミルートの品だとバレると没収されるという。さらにこの話には、没収されたキャビアは税関から横流しで払い下げられて、ある日「旦那旦那、安いキャビアありますぜ」・・・というオチがついている。

 通りで出会ってしばらく一緒に歩いた南田クンは、映画を見てみると言ったので映画館の前で別れた。人それぞれにソ連の街を体験してみるのは、団体行動の時間が少ないこのツアーの利点だ。
 ハバロフスクよりイルクーツクの方がアジア系の人が多いような気がする。歩いていると、田舎のオジさんオバさんみたいな人が結構いる。

横丁の商店街
椎名サンはこのあたりでインタビューを試みた
分銅秤の体重計は、いかにも、って感じ
ハバロフスクではヘルスメーターを使っていた
 体重測定屋の太ったオバさんがいた。道ばたに体重計を置いているだけの簡単な商売。そういえば僕の子供の頃は、デパートの片隅に体重計があったなあ。10円玉を入れると切符のような紙片に体重を印字してくれたっけ。ヘルスメーターが家庭に普及するにつれて消えてしまったけど、ソ連ではまだ商売になるんだ。しかも人がつきっきりで。
 見ていると若い娘の客が多かったけど、少し控えめに言うのが商売繁盛の秘訣なんだろうな。

 学校帰りの女の子がいた。ねぇ、犬を抱いているけど、学校に連れていったのかい。少女は綺麗な服の飾られたショーウインドーを覗き込んだ。

 食料品店に入ると前田サンがいた。食い物のあるところ前田サンあり、だ。ここのカウンターで飲んだミルクは、クリームを入れてミキサーでホイップさせていて、とても美味しかった(10K)。ところがこのホイップ機が一度に5、6杯分しか作れない。なくなるとカウンターのオバちゃんが店の奥からミルクを持って来て、クリームを入れて機会にセットしてスイッチを・・・まったく、こういうことこそ売り手と作り手を分業にして効率化を図るべきだと思うのだが。耳元で前田サンがささやく。
「効率悪いでっしゃろ。客のこと考えてませんのや」
 しかし、行列に並んでも飲む価値はあると思えたほど旨かったので、翌朝もう一度この店に来たら今度はジュースで、これは例によって甘すぎた(12K)。ハンバーガー屋に行って「コーヒー、コーラ、ジュース、どれになさいますか」と笑顔付きで言われつけていると、この「いろいろあるんだけど、今出せるのはこれだけ」という単純な商売は新鮮なオドロキだ。

街角にさり気なくこんな素敵な建物が
ふと、根室駅前の郵便局を思い出した
クラシックな装飾だが
ハンマーの意匠が現代ソ連風
きっと冬の間に
コツコツ細工をするんだろうと想像する
まるで、おとぎの国にでも行ったようだ
それにしては少々薄汚れてはいるが
 前の晩歩いた住宅街を通ってホテルに戻る。日本でも最近は山や高原に行くと真新しいログハウスが建っているが、こちらは街の真ん中に100年200年も前から建っているわけで「歴史が違うよ、歴史が」と言われそうだ。
 それに、軒先や窓の周囲に施された装飾の美しさときたら・・・。ホテルのフロントにあったガイドに「Wooden lase(木のレース模様)」と書かれていたが、まったくその通りだ。