『こないだ』を出す


あ〜あ、今日も仕事かぁ
 ソ連に行くと決めたときから『こないだ』をソ連の消印で出そうと思っていた。これまでも旅行に出る時に合わせて制作し、旅先の郵便局から風景入り日付印で発送するということを何度かやっていて、自分で思っているだけかも知れないけど、味気ないクラフト封筒にも何か一点こだわりを見せたかったのだ。ただ、大きさといい中身といい、旅先からちょっと絵ハガキを出すというようにはいかないので、出しそびれて新潟中央郵便局の消印になることも充分考えられたから、事前に言い触らすことはしなかった。それから、万が一の行方不明(いちおう検閲を警戒したのだ)に備えて帰国後再発行できるよう、原稿は保存しておいた。
 ソ連に着いた翌日は日曜日、続く1日2日はメーデーの祝日だし、こっちだって列車の中だ。5月3日、イルクーツクでようやく『こないだ』発送業務に取りかかれそうだ。

 街を歩くとあちこちのビルの壁にポストが掛けられているのが目につく。NTTの大型カード式公衆電話をもう少し大きくしたような青い箱だ。ソ連の国民一人あたりの郵便物は年間209通で、ダイレクトメールがじゃかすか送られてくる日本でさえ149通だから、ロシア人は手紙好きな国民といえる(1986年:万国郵便連合の統計による)。朝、通勤途上の若い娘が白い封筒を投函する姿は、見ていてなかなかいいもんだ。
 こちらもちゃんと切手が貼ってあれば、それにならってポストに放り込むだけでいいのだが、B5サイズの『こないだ』を入れた大判郵便物の日本までの料金が判らないので郵便局で訊かなければならない。ホテル内の局は8時に開くとロビーに書いてあったが、行ってみると誰もいないので10数冊の『こないだ』を抱えて散歩かたがた朝の街を歩き回ることになる。日本国内なら初めて訪ねた街でも郵便局だけは遠くからすぐに見つける特技を持った僕ではあるが、ソ連の街では勝手が違う。やっとポストと同じ文字が書かれた建物を見つけて中に入った。
ПОЧТА(POChTA=郵便局)の文字を見つけた
 最初に声を掛けた窓口は電報の窓口だったらしく、あっちへ行けと指差された窓口にとりあえず普通の封書を差し出す。女事務員は「日本までいくらだっけ?」と同僚に尋ねたが回答が得られず、奥の事務室まで調べに行った。これで彼女が戻って来たときに『こないだ』を入れた大型封筒を出したら怒るかなあ。「それなら初めから一緒に出してください」とか言って。
 封書2通で3R取られ、『地球の歩き方』には45Kと書かれてあったので、おかしいなボラれたかなと思ったが、引受番号を書いた紙片をくれたから、ひょっとして書留になったのかも知れない。もっとも、後日宛先の友人に確認を取ったわけではないから、どういう風に届いたかは知らないし、そもそも国際郵便に書留というのがあったのかなあ?
 ともあれ『こないだ』を窓口に出さなくて良かった。手持ちのルーブルでは足りなくなるところだった。

 結局『こないだ』を出せぬままバイカル湖に行き、ホテルに戻ってくると今度は中の郵便局も開いていたので、そこに行く。ホテル内だとつい英語が通じるという気になってしまうのが、もちろん錯覚である。あらかじめサービスカウンターで両替をしてきて封筒を差し出すと、下の売店で切手を買ってきて貼れというようなことをロシア語で言う。ポストオフィスの看板を出しておいて郵便を受け付けないとは何事だ、売店のオバちゃんじゃ正しい郵便料金を知っているかどうかアテにならないからこうして朝から郵便局を探しているのだ、とロシア語で言い返せるわけがないので頭の中で思うだけにして1階の売店に行く。オバちゃんに封筒を見せて「ヤポーニャ(日本まで)」と言うと50K切手をくれたので、これを13枚買う。どうやってそんな器用な注文ができたかというと、メモ用紙に「×13」と書いて見せたのだ。
 これを貼って再び2階の郵便局へ。カウンターのネエちゃんに差し出すと、やっぱりこれだけでは足りないらしく、14R出せと言う。それなら初めからここで金を受け取れよ。実はここで話が面倒になるのだが、僕は50K切手を貼った日本向けの『こないだ』13通と、まだ全然切手を貼っていないオーストラリア向けの『こないだ』を1通持っていたのである(いつも『こないだ』を送っている友人がオーストラリアに滞在中だったのだ)。朝出した郵便同様、日本まで1R50Kだとすると、オーストラリアへは1Rで送れるということになる。そっちのほうが遠いのにヘンだなあ。しかしネエちゃんはもうこれでいいという手振りで僕を追い立てるので、儲かったのかボラれたのかよく判らないまま引き下がるよりなかった。
消印の都市名は読めなくても
文字でソ連からだと判る
 まあ、これは僕の側からの顛末だから、ひょっとするとあのネエちゃんは「今日は大きな封筒をいっぱい持ったヘンな客が来てね、私が切手を売ってあげようとするとどこかへ消えちゃって、そのあと息を切らせながら少額の切手を貼ってまた来てね・・・」と家族か恋人に語ったのかも知れない。

 ソ連の切手は大きくて、住所を書いてからハガキに貼ると字が隠れるという話だったし、そういえば子供の頃ボストークの宇宙飛行士の記念切手が世界一大きいと児童雑誌に載っていたこともある。それが頭にあったので存分に切手が貼れるように『こないだ』を出す気にもなったのだ。角4号の封筒なら日本の通常切手なら100枚は軽く貼れる。ところが売店で買った50K切手はそんなに大きなものではなく、印刷も地味だった。売店のオバちゃんが絵ハガキ用に売っている20Kくらいの切手は少し大きめで印刷も綺麗だったから、これはきっと私信に使う切手は綺麗なものを使って、事務用にしか用のない高額切手は「金額が判ればいい」と簡素になっているのかも知れない。今回は正確な郵便料金が判らず、あちら任せになってしまったが、もしまた機会があれば、封筒の表一面に綺麗な切手をベタベタ貼ってやろうと思う。
 もちろん1通は自分宛に出したのだが、5月13日に無事着いた。仲間たちにも前後して届いたようだ。受け取った仲間の一人、オフロロード田代(オフロードのミスプリントではありません)は「イルクーツクの消印ですね」と言ってきた。僕自身は読めなかったのにたいした奴だ。また、この号は読者プレゼントを企画していたのだが、心配されたポストロフ(35歳、郵便局勤務)やシラベンコ(48歳、KGB勤務)などといった人物からの応募はなかった。