コンパートメントの採寸、そして汽車談義


 ノンビリと汽車旅を楽しむために来ているはずなのに、つい何か始めてしまう。だからこそ『おろしや国酔狂譚』なのだが・・・。

 バッグからメジャーを出して室内の各サイズを測ってみる。ざっと測った後、ついでに通路の幅はと部屋から出たら、そこに立っていた隣室のモリソン夫妻が、またバカなことを始めたなという顔でこちらを見た。しかし単調な景色に退屈といえば退屈しているところなので、ただ笑うだけではなく覗き込んできた。それに、旦那のハリーはこういうことが好きそうだと見込んでいたのだが、案の定、手帳を広げだした。僕は読みとった通路の幅を彼に教えてやり(うっかり自分の手帳に書くのを忘れた)、部屋の中も測ろうと誘って彼のコンパートメントに入っていった。ハリーは嬉しそうについて来た。

「ええっと、ベッドの長さは192cm、幅は65cmだ。・・・ロシアのオバちゃんは太っているから大変だな」
「ハハ、そうだな」
 僕はセンチで読み上げたのだが、彼はミリで書き込んでいた。技術者かな。しかし、桁数の多い数字を英語で言うのは苦手なので、彼には悪いがセンチで通させてもらう。二人でベッドの高さやら窓の幅など思いつくままに測ってみて、彼の手帳にはいろんな数字が書き込まれた。
「国に帰って友達に話して聞かせるんだろう?」
「ああ、そうだな」
モリソン夫妻も
よく通路で景色を見ていた
 これまでも、お隣さんだから近所づきあい程度に話をしていたの(所詮、僕の英語力では挨拶程度)だが、ようやく仲良くなれたような気がしてきた。
「日本には、やたらめったら速い列車があるだろう?」
「新幹線のことかい?」
「東京と大阪の間をブッ飛んで行くヤツだ(彼はブンッと言って、右手を左手に摺り合わすようにして素早く前に出した)」
「そう、新幹線と言うんだ」

 夫婦でシベリア鉄道に乗ってくるぐらいだから、彼も結構汽車好きのようだ。そのあと通路で外の景色を見ている時に、とんでもないことを尋ねてきた。
「このレールの幅はどれぐらいかい?」
「5フィートだよ」
 いくら何でも、メジャーをあてたのではない。長老の持っている『シベリア鉄道9400キロ』に記述があったのを覚えていたので、借りてきてページを繰ったのだ。だから、この問いと答の間には2、3分のインターバルがあったのだ。
「ふうん、じゃあイギリスは?」
「・・・・?!」
愉快なひとときをありがとう
 しまった。ソ連の鉄道のゲージは1524ミリで、これは括弧で5フィートと書いてあったから4桁の数字を言うより楽だわいと思って使ったのだが、標準軌はミリでしか書かれていない。釣り合いを保つためにはインチに換算しなければならないが、1インチは25.4ミリで、1フィートは12インチ・・・計算機を使っても面倒くさい、と一瞬のうちに考えて、窮余の策としてメモ用紙を取り出し「CCCP=1524mm、England=1435mm、Japan=1067mm」と書いて渡したら、ハリーはなかなか頭がいい、暗算でインチ・フィートに換算して奥さんに説明していた。
「日本のゲージは狭いね」
「あら、そうね。日本は線路も狭いから、きっと列車も狭いのね」
 奥さんも笑顔を見せながら、わりとキツいことを言う。
「確かに狭いけど、ベッドの幅はこれより広いですよ」
 突発的に国粋主義者になってJRをかばってしまった。

 一段落した後、これが日本だと言って原田泰治サンの本を見せると、ハリーは何やら僕の判らない単語で感想をつぶやいた。判らないなりにも彼の顔から判断すると、どうやら
「ううん、なかなか牧歌的で穏やかで心優しい人たちが住んでいそうな国だね」
と言ったようだった。たった一つの単語にしては、ずいぶんと長い訳だが。