途中駅のくつろぎ


遮断機がおりているというのに トラックの効率的な輸送法

 数時間ごとに駅に着く。ちょっとした駅では機関車を付け替えたり、水を補給したりするので10分ぐらい停まっている。こちらもホームに降りて深呼吸したり、背伸びをしたりしてリフレッシュ。退屈しきっているわけではないが、単調な(どこが?)汽車旅の中でホームの散歩は気分転換になる。他の車両からもどんどん降りてきて、いつもおっかなそうな顔をしている、隣かそのまた隣の車両の女車掌も笑顔を見せて、ホーム全体が和やかな雰囲気だ。おっと、例のダブリ発券事件の彼女もいる。あのときはスーツを着て、それに緊張した場面だったのでキリッとした美人に見えたのだが、今日はセーターを着てくつろいでいるので、きさくな人に見える。
 結局彼女は三婆のコンパートメントにいるのだそうだ。外国人ばかりの車両に放り込まれた三婆も大変だが、日本人のオバさんの中に押し込まれた彼女も大変だ。とにかく言葉が通じないという。彼女は医者(ソ連では専門学校を出ると診療医程度の医者の資格が取れるらしい。ソ連に女医が多いのはこういう「でもしか医者」を含めているからだというが、彼女の場合はドイツに留学したことがあるらしいから、ちゃんとした医師だと思われる)だというから一応インテリなのだろうが、英語は全然できないのだそうだ。
 それでも三婆はルーダに通訳の応援を求めたり、身振り手振りで日ソ友好に努めたらしい。お菓子を分け合って食べるなんていうのは言葉ができなくても意味は通じる。ところが、三婆がカップラーメンをプレゼントしたとき、女医サンは「いいえ、それはいけません」という感じで財布を出したのだそうだ。僕がこの話を聞いて感動したのは三婆の対応で、いいからいいからと押し切ってしまえばかえって心の負担になるだろうからと、女医サンが掌に並べたコインの中から、一番小さいのを受け取ったというのだ。
「ドイツ人の観光客が部屋にどんどん遊びに来るし、ほんと、国際的だわよ」
 そう明るく言ってのけるとは、オバさんたち、偉い!
あれがキロポスト しーっ(ターニャ)
 さて、停車時間はそうやって和気あいあいとしているだけではない。ホームで地元のオバさんたちが、茹でたジャガイモや牛乳などを売っているので、これらを買うというのも楽しみの一つで、ハバロフスクで僕が小銭にこだわったのもこのためだ。僕たちは三食とも食堂車で食べていたが、ロシア人を見ていると食堂車はあまり使わず(僕たちの行く食堂車の前にもう一両、ロシア人用のエコノミーな食堂車があった。さらにそれより前は開放式三段寝台車両が連なり、この車両に外国人は乗れないことになっている)、せいぜい日に一度出前(食堂車では出前のサービスがあり、独特の岡持で運んでくれる)を取るくらいで、あとは持参した食料やホームで買ったものを食べているようだった。だから冷やかし半分の僕たちに較べると、買い物にも気合いが入っている。
 僕は前にも書いたように普段間食をしない。だから誰かが買ってきて「どうですか、ひとつ」と言ってくれるのをつまむ程度だけだったのだが、やはり自分でも何か買ってみないとシベリア鉄道に乗った気分が出ない。
 どこかの駅で、オバちゃんたちが並んでいるところを覗くと、茶色いヌガーを捻りながら鉛筆くらいの大きさの棒状にしたものがあった。ストライプも入って綺麗だったので、これは飴だろうと思った。今日はメーデーでお祝いだから、きっとそうだ。1本で20Kとは少し高いような気もしたが、贅沢品だと高いのかも知れない。15K硬貨を2個出すと、オバちゃんは釣り銭をよこす代わりに半分に折ったものを余分にくれた。その半欠けのを口に入れたところ、ヘンな味が口中に広がった。何とも言いようのないいがらっぽい味だ。しまったこれは噛みタバコだったかと思ったが、それほどエグい味ではない(もっとも、噛みタバコの経験はないが)。通りかかったルーダが「チューインガム」と言う。ええっ、これが?・・・噛んでいると最初はカスが出てくるが、しばらくするとそれも消える。1分と噛んでいられないと言いたいが、1分を過ぎると味がなくなるので、この頃からようやく安心して噛んでいられる。単に口を紛らわすためだけにあるようなものだ。さすがにあと1本は持て余すので「だまされたと思って食べてごらんと言いながら人に勧めてしまう。もちろんあとで皆「やっぱりだまされた」と思ったに違いない。
さあ、新鮮な牛乳はいかが 小銭がないと商談不成立
ヤギが出てきた
小さな事件も興味の的になる
Tシャツ、ジーンズ、ベルトや靴に至るまで
アメリカンブランドで身を包む
 僕が見た範囲では、線路脇やホームの地面にそのまま売り物を並べる物売りオバちゃんはいなかった。皆行儀良くホーム脇に作られた模擬店のような小屋の中で商売をしていた。3日目になると、こういったオバちゃんたちはいなくなり、代わって正式な駅のキオスクがホームの脇に立つようになる。これが遊園地のチケット売場みたいな小屋で、窓口が小さいから、いちいち覗き込んで物を売っていただくという、まことにお役所的になってくるのであった。