メーデーに乾杯


花やリボンで飾られた墓地を見た
メーデーには墓参の習慣でもあるのだろうか
 今日は5月1日、メーデーである。と言ったところでこちらは終日列車の中だから特に変わったことが起こるはずはなかった。モスクワの赤の広場で盛大に繰り広げられるパレードも、日本のテレビで見るほうがよっぽど詳しいだろう。車内でメーデーメーデーと浮かれていたのは長老の柳瀬氏だけであった。
 長老は第2次大戦中にシベリア出兵した一人とかで、僕の5単語よりはいくぶん多くロシア語を知っていたのだが、それを武器にハラショーハラショーと言いながらやたらとロシア人と仲良くなりたがる傾向があった。ロシア人相手にはしゃいでいる彼を見ていると、本当に戦争をしてきたのかと疑わしくなるが、昨日の敵は今日の友、素晴らしいことではある。
 その彼が、今日はメーデーだから車掌と乾杯するんだと言い出し、本当にコンパートメントに連れて来た。

さすがの下宿のオバさんも
イルクーツクでは制服に。旦那車掌と
 紹介するのを忘れていたが、車掌は各車両に2名ずつ勤務している。人員削減のJRから見たら夢のような話だが、往復15日間のぶっ通し勤務というハードな仕事なのだ。男女平等のソ連だから、女性の車掌が多いと聞いていたが、このロシア号で僕が見かけた限りでは男女半々くらいで、僕たちの12号車は夫婦者らしかった。
 駅で乗り降りする乗客のチェックをしたり、客が食事に行って無人になったコンパートメントに鍵をかけたり、リクエストに応じてチャイと呼ばれるティーサービスをしたり、客が降りて空いたコンパートメントの掃除をしたり(一週間も走るのだから、誰かが降りたら次の客が乗ってくる。ちゃんと電気掃除機を積んでいるのだ)・・・車掌の仕事は忙しい。だから車内では比較的ラフな格好でいるのだが、我が12号車の車掌はものの見事に普段着で、知らずに通路ですれ違うと、隣の駅まで行く地元の人が間違って乗ってきたのではないかと思ってしまいそうなほどだ。つまり12号車は「下宿屋ロシア荘」と、住み込みの賄い夫婦という具合なのであった。
 話がずいぶん脱線したが、長老が連れてきたのはこの奥サン(おバアちゃんに近かったが)車掌の方であった。

 わけが判らないまま引っ張り込まれた奥サン車掌も、そこに座りなさいと言われると即座に状況を察したらしく、ちょっと待っててという感じで出ていったかと思うと車掌室からチャイで使う紅茶のグラス(日本ではホットウイスキーを飲むときに使っているな)を2つ3つ持って来た。デキた人だ。
「今日はメーデーだから、ワタシャあんたと乾杯したい」
 たとたどしい日本語(?)で長老は言ったが、彼女にはメーデーという言葉が判らないらしい。ロシア号はハバロフスク−イルクーツク間で外国人が乗ることのできる唯一の列車だというのに、乗員に英語が通じないというのにはもう慣れてはいたが、メーデーさえ通じないとは。さて、ロシア語では何と言うのだろう。たまりかねて長老がインターを歌い出すと、奥サン車掌は判った判ったというようににっこり笑った。若い者にはついて行けない世界だが、お相伴にあずかって一緒に乾杯。
 ウイスキーをぐいっと飲み干した彼女はそのあとシベリア鉄道の絵ハガキセットをプレゼントしてくれた。ソ連国鉄のマーク入りで、ソ連の商品につきものの定価表示がなかったので、非売品なのかも知れなかった。長老はこちらも何かプレゼントしなくてはならんと恐縮していたので、こういうこともあろうかと持参しておいたストッキングを提供する。

 長老はなおも僕や河野サンに語りかけながら飲み続け、話がくどくなってきたなと思ったら、とうとう本格的に酔っぱらってしまった。