何もかもが面白く、飽きない(ロシア号の2日目)


2人室車両は内外ともにデラックス

 夜中に何度も目が覚めるかと思ったが、寝入りばなに一度どこかの駅に着いたときに目が覚めただけだった。このときは、僕のベッドの隣がトイレで、給水する水音もよく聞こえたし、誰かが中に入っている物音も(駅が近づくと、停車中に使用できないように車掌がドアロックすると聞いていたが・・・)、気付いた車掌がやって来てワメいた声も、出るに出られなくなって困ったと仲間にボヤいた声も、みんなよく聞こえて、また、聞くだけだからこそ面白い事件だった。その後は朝までぐっすり眠っていて、気付いたら周りは皆とっくに起きていた。心配した転落の件も、案の定まったく問題はなく、むしろ予防のために張ったロープがうっとうしいぐらいだったので外すことにした。自慢じゃないが、前に幅30cmの背もたれのないベンチで一晩寝て落ちなかったという経験があるのだ。しかも、夜中に何度も寝返りを打って、だぜ。
 しかし、他の車両では事件が起きていた。サーシャが落ちたらしい。落ちるのはいいが、窓の下にはテーブルが張り出しているのだ。上から降ってきて頭を打たなかったかと心配したのだが、これが無傷。なんと下段の秋本の上に落ちたという。墜落中に列車が前に進んだのでこうなったのだとしたら、シベリアでは慣性の法則が成り立たないことになる。ニュートンもびっくりだ。だが、本当にびっくりしたのは秋本の方で、どうして落っこちもしない自分がケガしなくてはならんのかとむくれていた。
 ともあれ、こちらは快適に目覚め、ハバロでは少し寒い思いをしたが、車内は少し暖かいぐらいだったので半袖のTシャツで過ごすことにした。駅に着いて外に出たときには「寒くはないか」と言われたりもしたが(ロシア人のルーダでさえ車内でセーターを着ていた)、結局イルクーツクまで、ロシア号ではずっとこのスタイルだった。通路で軽く体操をして、隣のモリソン夫妻におはようの挨拶。さて、今日は丸一日汽車旅が続く。

デッキにある給湯器
インスタント食品の出番だ
 実は、前の日列車が動き出すとすぐに思ったのだ。確かにこちらに来るまでは、いや、ロシア号に乗り込むまでは停車駅やら車両の編成や運行の様子を詳細に記録しようと思っていたのだ。しかし、いざ動き出すとそんな考えは一切これを放棄した。ゴールデンウイークをのんびり過ごすつもりで旅に出たのだ、せこせこ動き回るのはよそう。目の前に広がる風景を見ていたら、そんなことはどうでもよく思えてきた。列車の揺れに身を任せていればいいじゃないか・・・と悟りきるまでには至らなかったので、一応放棄しておくが、ときどき鉄っちゃん(鉄道マニア)になろうというのが、この汽車旅の基本姿勢ということになったのだ。
 宮脇サンや種村サンの本でも、前半が詳しいわりに後半が簡略になってくるのは、きっと彼らもそんな気持ちになったのだろう。それともうひとつ、同じ列車で同じような景色の中を走り続けると、何か事件でも起きない限り書くことがなくなってくる。

 南田クンは窓の外を見続けている。「ちっとも飽きませんねえ」と言う。「これだけ変化がないと、飽きるというのを超えちゃうんですかねえ」
 まったく同感だ。心が風景の中に溶け込んでしまい、自然と一体になってしまうようで、こうなるともう瞑想の世界だが、やっぱり妄想の世界からも抜けきれない。
 お坊っちゃまとの会話からいくつか・・・。

「広いですねえ、こういう景色を見たらゴルフ場がいくつできるかと考えてしまいますねえ」
「・・・・・・・・・」
 いつもゴルフ場を見てテントがいくつ張れるか考えてしまう僕には、返す言葉がなかった。

「このスピードで走り続けても一週間か。広い国だなあ」
「新幹線だとどれくらいですかねえ」
 計算機を出してみる。ヒマだけは充分あるからね。
「ええと、全線を9,300kmとして、仮に表定速度(加速・減速・停車時間も含めた完全な平均速度)を150km/hとしてみると・・・62時間か。2日半というところだね」
トイレは比較的清潔だった
無造作にブラシが置いてある
「さすがに速いですねえ」
「100km/hで計算しても93時間。4日足らずだ」
「ふんふん」
「でも、これだけ貨物列車がひしめいている路線にそんな速い列車を走らせたら、ダイヤを組むのにかえって邪魔だよ」
「急ぎの客なら飛行機を使えばいいんですからね」
 東京−大阪間にあれだけ新幹線や飛行機が往復していて、どれもが一杯だなんて、日本はせわしない国だなあとしみじみ思ったね。

 野立て看板のない原野をどんどん走っていて、ようやく建物を見るとホッとする。こちらももちろん「金鳥」とか「菅公学生服」なんて看板はないけど、公共の建物だとレーニンさんやら何かのスローガンやらが描かれているので、初めはけばけばしいと思ったが、だんだん親しみを感じてくる。まして踏切があって、踏切番(たいていの場合、太ったオバちゃんであった)が信号旗をくるくると丸めたのを右手に持って直立不動で列車を見送っているのに出会うと、嬉しくて手を振りたくなってくる。街を歩いたときに、男同士、女同士でも寄り添って歩いている人たちが多かったけど、こういう自然が厳しい土地では人と人との触れ合いが生活の重要な要素になるんだろうな。
「わたなべサン、見ましたか。今の踏切ではクルマが3台も並んで待っていましたよ」
「ふうん、じゃあ大渋滞だ」

 各車両の車掌室の前には湯沸かし器があって、自由に熱いお湯が使える。僕のコンパートメントからだと1両分まるまる歩かなければならないのだが、昨日から何度も歩いてすっかり慣れた。シェラカップでコーヒーを運ぶ。新しい物が好きだから持参のインスタントコーヒーは、先頃新発売となったボンベに濃縮液が入ったタイプ。飛行機に持ち込んで爆発することはないだろうと思っていたのだが、どこか気圧の影響を受けたのだろうか、キャップを外すとノズルまでくっついて取れてしまい、コーヒーを飲もうとするたびに難儀した。
 紅茶は・・・ソ連は紅茶の国なので現地の物を味わおうと思って持って来なかったのだが、あまり美味しいものではなかった。アメリカ人が薄味のコーヒーをガブ飲みするように、こちらは出涸らしの紅茶をガブ飲みするようだ。量ばかりでコクがない。

 飲む話が出たので、出す話もしておこう。便器は当然洋式だが、縁の中程が少し広くなっていて、ここに乗ってしまえばしゃがんで使うこともできる。アジアの民のことも考慮してくれているわけで、なかなか立派。ペーパーは、使うほうが恥ずかしくなるようなピンク色。僕はホテルや空港などトイレを覗いては、備えつけてある限りペーパーをちぎって持ち帰ったのだが(ええ、どうせ酔狂ですよ)、ピンクというのは後にも先にもここだけだった。トイレは洗面所と一緒なので、朝はたいへん混み合う。