ロシア号 発進す


機関車の先頭のラインは
悪天候では目立つだろうな
 ハバロフスクの発車間際になって突然マル添の姿が消えた。ルーダが「内田サン、ドコデスカ」と捜すが見あたらない。もともと英語のガイドなのに、もうこの程度の日本語を使うようになるなんて、なんて勘のいい女性だと感心している場合ではない。すでにロシア号がホームに入ったらしく、ルーダが私について来いと、今度は英語で言い、待合室を出てぞろぞろと地下の通路をくぐる。
 先程バスの中で、駅では発車のベルが鳴らないので停車時にホームに降りたときは気を付けろ、ただしこれまでシベリア鉄道で取り残されたという話は聞いたことがないが、と我々を脅したり安心させたりした当の本人を記念すべき積み残し第一号にしてしまえると期待したのだが、残念ながらどこからか現れて、ポーターが運んできた荷物のチェックをして場を取りつくろった。どうやら数が合わないようだ。マル添が何か言ってもポーターには意味が通じず、ルーダがロシア語で口添えするとそちらに向き直った。マル添も引っ込みがつかないのか、なおも何かワメいたらポーターは流暢に言った。
「残念ながら、日本語判りませーん」
 彼の方が役者が上だ。

 我々のグループは当局の事情か旅行社間の力関係か、9、10、12号の3つの車両に分散することになり、指定された12号車の9号室に入ると先客あり。ロシア美人が一人、バッグを置いて座っていた。言葉は通じないが、お互いヘンな状況に陥ったことは判るので身振り手振りを交えて席番33から36まではオレたちの席だと言うと、彼女は36はわたしの席だと言う。
4人室車両のエンブレム
 そんな筈はない、ほれこの通り、と切符を見せようにも団体旅行なのでマル添が持っている。そうか、どうも昨日からいまいち旅をしているという感じが足りないと思ったら、自分で切符を見ていないせいか、と納得しているヒマはない。ダブリ発券だということになる。前にもやっぱり団体券で『赤い矢』号(といってもモスクワ−レニングラード間を走る列車ではなく、池袋−秩父間を走る西武電車のほう)に乗ったときにダブッた経験があるし、それ以前にも1、2度あって、僕はわりとダブリに縁がある。
 できれば我々の中の一人をデッキに追い出してでも彼女の席を確保してやりたいと思ったのだが、誰もがその一人になりたくなかったので、様子を見にやって来たルーダや、同じ車両にいた日ソ旅行社に付いたガイド(外国のお笑い映画に出てくるような三流スパイのような顔をした男だが、彼は日本語ができた)に訳を話して車掌に相談してもらうことにした。たいてい車掌は空いた席を隠し持っている筈なのだ。ややあって彼女は別の車両に移っていった・・・残念だなあ。

 そんな騒ぎの中でいつの間にかロシア号は発車しており、その後も荷物の整理でガサゴソやっているうち(3日間もいるのだから住みやすくしておくほうがいい・・・じきに飲み食いしたゴミで散らかったが)に大事なことに気がついた。
「あれっ、アムール川の鉄橋見るの忘れちゃった」
「いや、まだ渡ってないみたいですよ」
「ふうん、じゃあもっと先に行ってから渡るのかなあ」
 頼りない会話をしていると鉄橋に出た。なるほど、確かに長い。が、そんなに大騒ぎするほどのものでもないじゃないかと思ったら、渡りきったように見えたのはまだ中州で、しばらく行ってまた川の上に出た。なるほど、確かにこれは長い。

 こうしてスケールの違う汽車旅が始まった。