悲惨な晩餐


 さて、いよいよソ連での食事である。もともと僕は旅先の食い物はクタバらなければそれでいいと思っているところがあるので(普段ユース・ホステルを使って、しかも昼メシ抜きが多い旅をしていると、その土地の名物なんかなかなか食えないもので、これまで北海道に通算100泊以上しているが、札幌ラーメンを食べたのは団体旅行のコースに組み込まれた一回きりだもんな。その代わり即席ラーメンはよく食ったが)、本格的ロシア料理が出てこようとこまいと関係ない。それよりもこちらに来る前に読んでいたいくつかの本でも指摘されていた「ソ連レストランの恐怖と諦め」というのが果たして本当なのかが気にかかる。
 問題点(1)「レストランは混んでいて、予約がなければ席が空くまで外で待たされる」問題点(2)「自分の席の担当ウエイター(ウエイトレス)以外はこちらを見向きもしない」問題点(3)「メニューに載っている料理の多くは品切れ、その他の理由で提供不可能である」・・・の3点については、あらかじめホテルに食事込みで予約を入れているはずなので大丈夫。我々が席に着くとすでにパンとジュースが用意されていたが、市中のレストランにフリで入ると、この段階に達するまでに3、40分かかるという。
 しかしジュースよりアルコールが欲しいと思ったら、アルコール類は地下のバーにしかないという。むむ、これも節酒政策の一環か。この先ゴルバチョフが失脚するとしたら、原因はきっとこれだ。柳瀬氏がマル添にビールを買いに行かせる。缶ビール1本250円(地下のバーでは直接日本円で支払える)。ソ連の物価水準からするとずいぶん高いと思ったが、我々にしてみれば日本で買ってもこんなものだからこれは我慢できる。びっくりしたのはビールを入れてきたビニール袋で、日本ならスーパーで買い物をすれば当然タダでついてくるものだが、これが100円取られたという。
 余談になるが、ベリョースカを除いて、ソ連の店では買い物袋なんてくれないので、街を歩くときは何か袋を用意しておくというのが必須事項になる。ソ連の人たちを見ているとたいてい袋をぶら下げて歩いていて、例えば「緊急特配! カニの足!!」なんてのに出っくわしたら素早く行列の後ろに並んでしまうというのが基本的な生活態度であるようだ。

バンド演奏が始まると、たちまちこうなる
 さて、買い物の話は改めてするとして、まずはソ連の第一夜、暮れそうで暮れない黄昏時に乾杯。ほどなく問題点(4)「やかましい楽団サービス」が始まった。ホテルのレストランという場所柄もあるのか、本で読んでいたようなボリュームいっぱいの右翼宣伝カー顔負けということはなかったのだが、客の過半数を占める日本人を意識して『恋の季節』をやりだしたのはおかしかった。もう少し新ネタ入れろよなあ。続いて問題点(5)「音楽が始まるとロシア人は嬉々としてしてテーブルを立ち、ダンスを踊り始める」というが、まさにその通りだった。親戚同士友人同志、ちょっと気取ってレストランでお食事、という雰囲気で来ていた連中が一斉に立ち上がってフロア中央で踊り始める。きょとんとした目でテーブルに残っているのは日本人だけだ。いくらボリュームを抑えてあるといっても、とても和やかな会話を楽しむ状態ではない。これに対処するためには我々も出ていって一緒に踊ってしまうしかないのだが、とりあえずこちらは食事だ。しかし食事についても問題点(6)「ひどい時には最後のコーヒーを飲むのが店に入って3時間後」という本の一節が頭をよぎる。その夜の我々の食事はどうだったかというと・・・。

 ビールを飲んだ後だからいっそうベタ甘く感じたジュースに閉口した後、袋叩きにあって殺されたようなステーキ(つまりくたくたの肉。良く言えば柔らかかった・・・何事も善意に解釈すればソ連の旅は快適に思えてくる)とバターライスが出てくる。添えられたのはキュウリ2切れ。体調維持のために出されたもの、特に野菜は絶対に食べようと決めていたのでキチンと食べる。フォークとナイフは2組あったので次の皿を待つが、なかなか出てこない。いよいよ問題点(6)だ。どうせソ連はこんなトコさと思っていると、実はこれがメインディッシュで、本来この前にもう一品なければならなかったことが日ソ旅行社のマル添によって指摘される。彼女はロシア語ができるので、新潟からずっと我々のツアーにも何かと目をかけてくれているのでおおいに助かっているのだ。
 そこで我らがマル添と日ソマル添はウエイトレス(さんざん待たせておいて、何がウエイトレスだ)を引っ張ってきて料理が足りないのを確認させる。ウエイトレスは「オー、何とかかんとか」と言い、照れ隠しに笑って奥に消えた。我々は、やっぱりソ連はこんなトコさと何度目かの同じセリフを言ったが、それでもなかなか出てこない。・・・結局こんなところで時間をつぶすよりはと席を立って夜の街歩きに出かけたのであった。

 ザけんじゃねえバーロー、と言ったところで「これがソ連流というものだよ、判ったかね」と言い返されればそれまでで、この勝負はせっかち日本人の負けといえそうである。