さて、ソ連は僕を受け入れるか


持ち込んだ外貨を申告する
数字はいいが、英語で書くのは一苦労
 ハバロフスクの空港ビルは、いかにも空港ビルらしく見える近代的なものを建築中だったが、僕たちが連れて行かれたのはどう見ても空港ビルには見えない古びた洋館だった。深谷にあれば間違いなく県指定、悪くても市指定の文化財にはなれるというシロモノだ。そこへ今しがた降りてきた日本人がぐちゃっと入っていったものだから、4つある入国審査のブースはたちまち人の列。なかなか進まないが、とにかくここはソ連だ、こういう国なのだと堪えることにする。係員だって人間だから、人によって当たりはずれということもあるだろう。僕の並んだ列の係員の子供が昨日学校で100点取ってきたことを祈る。
 と思いきや、一人のネエちゃんを相手にしつこく質問を重ねているではないか。今朝、家を出る時に夫婦喧嘩をしてきたのかな。嫌だよ、オレ、ロシア語はもとより英語だってロクに喋れないんだからね。しかし、長引いたのはそのネエちゃんだけで、その後はスムースにるようになる。あのネエちゃんは新潟空港のロビーで全然似合わない真っ黒のサングラスをしてのしのし歩いていたのが目立っていたのだが、日本駐在のKGBから不審人物として通報されていたのかな。まったくハタ迷惑なネエちゃんだ。と憤りの対象があっさり代わってしまい、いよいよ僕の番だ。
 小さなボックスの前に立ってパスポート、ビザ、税関申告書の3点セットを「こんにちは」と言いながら差し出す。何事も第一印象が肝心だ、愛想良くしておくに越したことはない。僕の頭の上には下向きに45度の角度を持って取り付けられた鏡があって、係員が僕の後ろ姿も確認できるようになっているわけだが(誰か今度ソ連に行く人がいたら、Tシャツの背中に鏡文字で「還せ、北方領土!」と書いていってみて、その結果を教えて欲しい)、温厚そうな係員の視線を追ったが鏡を見た様子はなかった。
 ビザにスタンプを押して1片をちぎり取り、「ドーゾ」と声をかけられてブースから出る。ストップウォッチで計っていたら40秒弱であった。

 手続き上、これで無事にソ連への入国を果たした人たちがぐちゃっと待合室にいる。荷物がまだ出てこないし、税関への通路もまだ開かない。待っている間にトイレに行ったら小便器がなかなか珍しいデザインで写真に撮りたいが、空港はターミナル、フィールドとも一切撮影禁止だ。さっきのブースの扉についていた蝶番も面白いデザインだったのに・・・あれも駄目これも駄目ではなはだ窮屈だが、こちらもソ連に来たばかりで(しかも自分にとっては初めての外国旅行だ)おっかなびっくりということがある。それにトラブルを起こしてパック旅行の他のメンバーに迷惑を及ぼしては困るというプレッシャーもあり、カメラをバッグから出すこと自体がはばかられるのである(のちにこのトイレの便器と建物の天井の写真を撮影してしまった)。
しぶきが飛び散りそうな気がする
 写真が撮れないので簡単なスケッチをしてトイレを出てくると(ちなみに、座るほうの便器には椎名誠さんの本にあるようにやはり便座がなかった)、税関検査が始まったところだった。ソ連の税関は荷物の中身ひとつひとつを詳細に調べると聞いていた。これまで読んだ何冊かの本でも、薬がうるさいだの持っていた本の内容が引っかかっただの厳しい厳しいということばかり。ただ、だんだん疲れてくると適当になってくるという話もある。これだけ多くの入国者を相手にいちいち入念なチェックもしてられないだろうから、その辺に期待したい・・・あやしげグッズを詰め込んだバッグを土間(ターンテーブルなんて気の利いたものはない。トラックが運んできた荷物は、待合室の隣の土間に置いてゆくのだ)から拾い上げて税関に向かうのであった。

 大ホールの端が板壁で仕切られ、人が通り抜けられるような穴がいくつか開いている。その穴の脇にそれぞれ机が置かれて係官が立っている。ここでもう一度3点セットを出すと、係官が税関申告書に記入した持ち込み外貨額に丸印を付け、スタンプを押す。この先両替するたびに証明書が発行され、最後に残った金と照合してヤケに大金が残っていたりなんかすると「オ前、ソノ金ドウシタカ?」とヤバいことになる。係官の傍らに立っていた革ジャンの兄ちゃんが
「びでおかめらアリマスカ?」
「ノー。スチールだけ(とっさにONLYという単語が出なかった」
 そう答えるとゲートをくぐれという身振りをしたので、予備検査が終わり、いよいよ本番の厳しい検査が始まるんだなと身構えながら板壁を通り抜けると、そこはすでに通関を終えた人が例によってぐちゃっとたむろする大ホールだった。
「???!?!! えっ、あれで終わり!? そりゃないよ」
 こっちはあやしげグッズの数々に対して発せられる質問をいかに言い抜けるかに頭を悩まし、物によってはカモフラージュさえしていたりもしたのに、まったく肩すかしもいいところである。税関での丁々発止だけでも『こないだ』の1冊も作れるんじゃないかと思っていたが、これではとても無理である。