新潟空港


 次の『あさひ303号』でも間に合うものを、わざわざ1時間早い(でも、新潟着は40分違いだ)『とき403号』乗って行ったのは、仕方なしに乗った新幹線でもそれなりに鈍行気分を味わいたかったからという殊勝な心掛けではない。駅から空港に行く連絡バスの時刻に合わせると嫌でもこれしかなかったわけで、缶ビール一本分の切符代を浮かそうとする人間がタクシーなんかに乗るものか。
 初見参の新潟空港は、小さいながらもなかなか綺麗な建物で明るい感じ。都会の大空港は「いやなに、ちょっと日帰り出張で」なんてヘンに取り澄ましたヤツがいたりするのだが、こういうローカル空港は皆「飛行機に乗って遠くへ行くんだ、旅行するんだ」とあからさまに嬉しそうな表情をしていて素直である。それに建物が小さいと、別に占拠しようというわけではないが、何となく「くみしやすし」という気分になれるので僕は好きなのだ。
 しかし、ローカル空港とバカにしてはいけない。カウンターには日本エアシステム、全日空、日本航空、アエロフロート、大韓航空が店を並べている。新潟で日本航空とは意外に思うかもしれないが、ここと長崎、熊本でJALは国際線だけを就航させている(貨物の事情は知らんけど)。そんでもってその国際線のカウンターの前は人でごった返している。本日のアエロはチャーター便で、乗客はすべて日本人の団体となるそうな。会社間の力関係だか何だか知らないが、限られた座席数を分け合うのは日ソ旅行社、名鉄観光、近畿日本ツーリスト、僕の参加する国際ロータリーは・・・いたいた、一番端に若い女性がぽつんと立っている。
「初めまして、わたなべです」
 添乗員、内田由香里サン。2日前の晩、私が同行しますヨロシクと最終案内を兼ねて電話をくれたのだが、会社に抑留され強制労働(つまり残業)させられていた僕は直接声を聞くことができず、どんな人だか見当がつきかねたのだ。遣り手のオバさんかなと思ったりもしていたのが意外にも若い人だったので・・・安心してよいのか不安になるべきなのかはまだ判らない。お互い堅苦しさが取れて気軽に話せるようになるのはあと2日ほど先だ。参加者がぽつりポツリと来るので、今は到着だけをチェックして、11時45分から全員を集めて説明をします。それまで空港内で過ごしてください。2階にレストランもありますからと事務的なやりとりをして第一印象による参加者の検分という感じなのだが、これに名前を書いてくれと出された出入国カードを素早くカメラに収めたのを怪訝そうな目で見ていた。僕の評価は「ヘンな人。要注意、この先何をしでかすか判らない」となったに違いない。このあと僕のメモ帳には○の中に添と書いて彼女を表すことになるので、この本の中でも「マル添」と呼ぶことにする。旅の終わり頃には実際に口に出して「おーいマル添」と呼んでいたけれど、これは親愛の表現である(良い添乗員がマル添、悪い添乗員がバッ添)。

コックピット下がコブのようになっているのは
機銃座を付けるため?
 さて、再集合まで1時間ばかりあるので外に出て空港ビルの外観を見たり、近くの建物の様子をうかがいに行ったのだが、やたら「関係者以外立入禁止」の札が下がっていて面白くない。100円払って展望デッキに出てみる。
 エプロンの隅っこでアエロ機がエンジンテストをしている。さっきバスから尾翼だけ見えていたヤツだ。ずんぐりした胴体の上に、両端が垂れ下がった主翼・・・まるで軍用輸送機だ。さらによく見ると操縦席の下には小窓が並び、これは真下を見ながら飛ぶのに都合がいい・・・いざとなったら爆撃機として使えることに気がついてびっくりした。望遠レンズを付けて写真を撮る。ソ連に行ったら飛行場の写真は撮れないので、アエロ機を撮るのはここしかない。
 不気味なアエロ機を見ていると大阪からのYS-11が降りてきた。鼻面がでかいくせに寸足らずのこの飛行機は愛敬があって好きだ。思わずガンバレと声援を送りたくなる。

 コーヒーを飲んだらポケットから10円玉がなくなった。日本から持ち出す円は7万1,750円。向こうで大金を使うこともあるまいが、帰りの電車賃だけは残しておかなければならない。
 時間が来たのでロビーに集まる。我々の一行は16人。男は6人で皆単身。女は4、3、2、1というグループ構成。夫婦者なし。それぞれのメンバーについては別の機会で紹介したいが、マル添にとっても比較的扱いやすそうな構成だった。その前に名鉄観光の添乗員が自分のツアーの参加者に大声で説明しているのを脇で聞いていたので、こちらの説明は簡単に聞けばよかった。旅行社に預けてあったパスポートと申請を代行してもらったビザを受け取る。パスポートをなくしてもビザはなくすなと言われたが、一緒にして持ち歩くのだから片方だけなくすのは難しい。しかしソ連の場合ホテルに泊まるときはパスポートをフロントに預けるシステムになっている。逃走防止とみれば疑われているみたいで腹も立つが、紛失防止のために管理してくれるのだと思えばなかなか親切だと思って思えないこともない。ともあれ、このビザは最後には手元に残らないことを知っていたので空港ビルの壁に貼りつけて写真に撮る。いつかの晩りもこんが言った言葉を思い出す。
「ヘンなところでカメラを出すんじゃないぞ」
 実に僕向きの言葉であったと、改めて彼の冴えに感嘆した。

 手荷物検査はなかなか厳しい。X線カメラなどというあやふやなものは使わずに、ガードマンがバッグを開けて中身をいちいちチェックする。ソ連行きの飛行機をハイジャックしていったいどこへ行けばいいんだ。ポーチの中の交換レンズやフィルターまで全部開けて見ておきながら、そのくせフィルムと電池を入れたX線防止袋には触ろうともしなかった。よし、これからは武器弾薬はあの中に入れよう。金属探知器のほうはもちろんZIPPOが反応することは判っているので、あらかじめポケットから出してアーチの向こう側にいる係員に預けておいてくぐりなおした。メガネもセルフレームに換えたので、少しぐらい感度を上げても鳴らないのだ。
(この数年前に釧路空港で手に持った週刊誌のページをパラパラめくるなど、厳重なボディチェックを受けたことがあった。その時の金属探知器は邪悪に鳴り続け、係員ともども「いったい何が反応しているんでしょうねぇ?」と不思議がった経験がある。結局、靴底に埋め込まれたシャンクではないかということで飛行機に乗ることができ、羽田に着いて厳重チェックの理由が判った。その日は国賓が羽田空港を使って来日するのだったのだ)

 次の関所は税関。「外国製品持ってますかぁ」と係員が眠そうな声で聞く。国際線が3社入っているとはいえ、全部併せて週に5往復(この日は先にも書いたがイレギュラーの便。でも夏場はJALのハバロ行きが運行するし、さらに今年の夏からはアエロのハルビン行きが就航しそうだ)だからヒマなのかな。しかし外国製品と言われるとこれはキリがない。バッグは畳んでしまい込んであるウエストバッグを含めて3つともアメリカ製、靴も2足ともアメリカ製、Tシャツもそうだし、ジーンズも(これはウソ。確かにリーバイだが、ライセンス生産の日本製なのだ)ベルトも(これもウソ。パタゴニアが香港あたりの下請けに作らせたもの)ライターも懐中電灯もジョーハープも・・・ナイフはスイス製でカラビナはフランス製、おそらくパンツは韓国製だ。
「いろいろあるけど、身につけている物ばかりだよ」
「身の回り品はいいです」
 ソ連でアメリカングッズを買い込むわけがないから、申告してなくても帰りの税関で追及されることはあるまいよ。
 そして出国審査。ヘソ曲がりの僕としては記念すべきパスポートのスタンプ第1号が成田でなかったことに満足。今度はなるべく小さな港から船で出国というのも悪くないぞ。