りもこんがシベリア行きを嗅ぎつけた


ロシア号の車掌からもらった絵ハガキ(非売品らしい)
ロシア語の他、英・独・仏語でキャプションが書かれている
 ソ連に行く10日ほど前の夜、村上和彦<りもこん>から電話があった。彼から電話をもらうなんて年に一度あるかどうかという珍しいことなので、いったい何事だろうかと思ったのだが、用件というのは去年の秋ペンションに嫁いだ松本明美<あけび>のところにみんなで泊まりに行こうという誘いだった。ペンションの若奥さんに納まった彼女のところに押しかけて旧悪を暴露しようと、りもこんはそこまで言わなかったが、きっとそうなのだ。間違ってもあけびの家業発展のために散財してこようなんて奇特なヤツがいるわけがない。
 それはなかなか面白そうな提案だったが、5月20、21日という期日が具合悪かった。

「会社が休みじゃないし、ゴールデンウィークに休暇を取ってしまうんで、その後はちょっと休みにくいな・・・連休はずっと汽車に乗っていようと思ってさ」
「ふうん、ずっと汽車にねぇ」
 りもこんは僕の言葉を繰り返し、一、二秒間をおいて言葉を続けた。それは電話の向こうにいる彼の表情がありありと想い浮かべられるような声だった。
「その汽車に乗るのに、船か飛行機に乗るのかい?」
 まったく、なんて勘の鋭い男なんだ。北海道ワイド周遊券という落とし穴に落ちずに、彼の読みは軽やかに韃靼海峡を越えた。まるで、てふてふのように。
「ああ、飛行機で行くよ。でも、この話ナイショだぜ」
「いつまで黙ってればいい。帰ってくるまでかい?」
「そういうことにしといてくれ」
「判った。無事に帰ってこいよ。ヘンなところでカメラなんか出さずに」
「カメラどころか、もっと怪しいことを計画してるんだが・・・抑留されないようにするよ」

 電話の後で後悔した。りもこんだって連休中、誰かと会った時に「そういえば、まつおサン、シベリアに行ってるんだってさ」と自分だけが知っている話をさりげなく言い触らしたいだろうに、悪いことをした。せめて箝口令の期限は4月いっぱいにしておくべきだった。

 罪ほろぼしに、旅先から彼に絵ハガキを出そうと決めた。



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