北槎概略・序説<ほくさがいりゃく・プロローグ>


新潟方面へ行くときは
必ずこうやって切符を買う
 学生の頃は、旅に出るというと汽車に乗って行くものと相場が決まっていた。それが今じゃどうだ。遠くへ何日も出かけるということが滅多にないというせいもあるが、すっかり自動車<クルマ>に頼りきってしまっている。
「うーむ、これじゃいかんなあ」
 何がどういかんのか判らないが、判らないまま新潟行きの鈍行に乗ろうとしたら、どうしても新潟に10時に着かなくてはならない羽目に陥ってしまい、残念だが心ならずも新幹線に乗ってしまった。あれ、そういや乗り損なった鈍行にはこの2月、六日町に行くときに乗ったっけなあ。たいそうな枕を振ったわりにはちゃんと汽車旅をやっていたのを思い出して不満をなだめる。上越新幹線もこれで未乗区間が熊谷−高崎だけになったが、よほどのことがないかぎりこの区間を乗る機会はないだろう。ワタクシの家は途中の深谷にあって、北に向かうときは高崎から、南へ行くときは熊谷から乗るに決まっているからだ。
もうけた差額は缶ビールに
 今回はこれまで乗った高崎−上毛高原(乗車時間18分。ほとんどトンネルの中という、地下鉄丸の内線と大差なかった)を遙かに超えて終点の新潟までのってしまったわけだが、乗車券を通しで買うようなヘマな真似はしない。「岩原スキー場前」という長ったらしい名前で有名な駅まで買っておいて車内で精算をする。元の切符が100kmを越えているので乗り越し精算ではなく打ち切り精算という、早い話が深谷−岩原と岩原−新潟の2枚の切符を買う形になってしまうのだが、運賃表のランクのあやで、通しで買うより210円安くなる。上毛高原を過ぎてオレンジカードを売り込みに現れた車掌にさっそく精算を頼むと、元が新幹線とは縁のない駅までの切符だから車掌もスルドい。
「このほうが安くなるの? どれどれ」
 手帳をひろげてあれこれ調べておいて(彼の業務としては岩原から新潟までの切符を売ればいいのだから余計な手間だと思うのだが、この朝、新幹線は連休の初日だというのにガラガラだった)恐ろしいことをのたもうた。
「お客サン何勘違いしたの。100円高くなるよ」
「えっ、そんなはずはないよ」
「そうかなあ、ええっと・・・」
 もう一度手帳をひっくり返して調べ直し、どうやら自分の間違いに気づいたらしい。あぶないあぶない。
「ああ、本当だ。よく考えたねえ。でもあんまり宣伝しないでね、お客サンだけにしといてね」
 人の良さそうな車掌であった。新潟車掌区の吉田サン、書いちゃってごめん。
 さて、こうやって運賃が安くなったところで「やった、儲かった」と車内販売の缶ビールで祝杯をあげれば消えてしまい、それどころかお代わりを重ねると却って赤字になってしまうというシロモノなのだが、これも旅の楽しみ、まあいいではないか。それに新幹線は速すぎてお代わりを楽しむヒマもなかった。

 しかし、どうしてまたそんなにあわてて新潟に行くのかというと、新潟からさらに飛行機<アエロフロート>に乗って、その後ハバロフスクからイルクーツクまでシベリア鉄道に乗ってしまうというのが今度の旅の真の目的なのだ。どうだ、マイッたか!
P=R、C=S、H=N
・・・つまりレストラン(食堂車)
 それはそうと、 初めての外国旅行がソ連 、それも汽車に乗るのがメインの旅とはなんて酔狂なと思うだろう。ワタクシだって初めはニュージーランドあたりへ行きたいと思ったのだ。シュラフを背負ってニュージーランド軒下巡りをやりたかったのだ。しかしこれを実行に移すには最低でも2週間はないと面白くないということが判って、とりあえずこの件は保留となり、その後どういう風に心がおもむいたか今となってはサダカではないが、シベリア鉄道に乗ってみようではないかという気になったのだ。そりゃあワタクシだってシベリア鉄道はウラジヴォストーク−モスクワ間9,297km、ウラジオは外国人立入禁止の町だから支線のナホトカから乗ってナオトカ−モスクワ間9,446kmということは知っている。途中のたった3,340kmなんてケチなことをせずに全部乗らなきゃ駄目じゃないかとお叱りを受けそうだが、 ゴールデンウィークの1週間 で行ってこれるのはこの程度なのだ。

 なるほど、しかしよくまあソ連にね、とまだ心配してくれる心優しい友人がいることだろう(いないか)。だがだがしかし今だから言うが、実はワタクシ、英語の次に得意な外国語がロシア語なのであります。
「げげ、まつおサン、英語がペラペラでロシア語がペラだったのか!?」
 どうせすぐにバレるから正直に言っておくけど、英語の実力は中学校1年の2学期程度で、ロシア語は単語を5つ知っているにすぎない。それでもワタクシの内部世界においては英語1番ロシア語2番だから、決して嘘を言ったわけではない。異議のある人、挙手願います。
 威張ったところで5つしか知らないのだから、この際全部挙げておくと、「ダー(はい、イエス、OK)」「ニエート(いいえ、駄目)」「スパシーバ(ありがとう)」「イズヴィニーチェ(すみません、失礼)」「ダスヴィダーニャ(さようなら)」以上終わり、なのである。カタカナで書いたのはどうせロシア文字で書いたって、皆さんには読めないだろうというおごりたかぶりなどではなく、ワタクシ自身読めないのである。唯一見て意味の判るロシア語が「PECTOPAH(食堂)」なのだが、これはローマ字と共通する文字だけで構成されているというのが却ってアダで、つい「ペクトパー」と発音してしまい、どうしても「レスタラーン」よは読めないのである。
 近頃基本300コトバを丸暗記するだけで海外旅行も恐くないという語学教材の宣伝をよく見かけるが、こちらは300コトバどころか5タンゴなのである。たったの5タンゴでどういうふうに渡り合ってくるかというのが今回の大特集「おろしや国酔狂譚」なのである。さぁお立ち会い・・・。



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